"1.おばあちゃんが関節炎になったとき、おばあちゃんは腰を曲げられなくなって、もう足の爪を塗ることができなくなっちゃった。だから、今ではおじいちゃんがずっと塗ってあげてる。おじいちゃんの手が関節炎になったときも。それが愛。
Rebecca - 8歳

2.誰かがあなたを愛しているとき、あなたの名前を言う仕方が違う。あなたの名前はその人の口に優しいのがわかる。
Billy - 4歳

3.愛は、女の子が香水をつけ、男の子が髭剃り用のオーデコロンをつけて、一緒に出かけて、お互いの匂いをかぐこと。
Karl - 5歳

4.愛は、食事に出かけたときに、フライドポテトを誰かからもらうんじゃなくて、自分のをほとんど誰かにあげてしまうこと。
Chrissy - 6歳

5.愛とは、疲れたときに笑顔にしてくれるもの。
Terri- 4歳

6.愛は、ママがパパのためにコーヒーを入れてあげて、パパに渡す前にママが一口味見をすること。
Danny- 7歳

7.愛とは、年がら年中キスをすること。キスに飽きても、一緒にいたいしもっと話したい。私のママとパパはそんな感じ。二人のキスは気持ち悪い。
Emily- 8歳

8.愛は、クリスマスの日に、プレゼントを開けるのをやめて耳を傾ければ、あなたと同じ部屋にあるもの。
Bobby- 7歳

9.愛をより良く学びたいなら、嫌いな友達を愛することからはじめるべき。
Nikka- 6歳

10.愛とは、あなたがある男性に彼のシャツが好きだと伝えたら、彼が毎日それを着るようなこと。
Noelle- 7歳

11.愛とは、お互いのことを知り尽くしていても、なお友達でいられる小さなおばあさんと小さなおじいさんのようなもの。
Tommy- 6歳

12.ピアノの発表会の間、ステージの上で怖かった。みんなが私をじっと見ていて、パパは手を振って笑ってた。パパだけがそれをしてくれた。もう怖くなくなった。
Cindy- 8歳

13.ママは誰よりも私を愛している。夜に私を寝かせるのにキスしてくれる人は他にいない。
Clare- 6歳

14.愛とは、ママがパパに一番おいしそうなチキンをあげること。
Elaney-5歳

15.愛とは、ママがパパのことを臭くて汗まみれだと思っても、まだロバート・レッドフォードよりはハンサムだと言うこと。
Chris- 7歳

16,愛とは、一日置き去りにしていても、子犬が顔を舐めてくれること。
Mary Ann- 4歳

17.誰かを愛しているとき、まつげが上がったり下がったりして、小さな星々が体からあふれ出てくる。
Karen- 7歳

18.愛とは、ママが、パパがトイレに入ってるのを見て、気持ち悪いと思わないこと。
Mark- 6歳

19.本気でないなら「愛してる」と言うべきではない。でも、本気ならおおいに言うべき。みんな忘れている。
Jessica- 8歳

最後にもうひとつ。4歳の少年の隣人は、つい最近、妻を失った初老の男性でした。男性が泣いているのを見た少年は、男性の庭に入って、彼の膝の上に座りま した。少年の母親が、少年にお隣さんに何を言ったのかと尋ねたとき、その子はこう言いました。「何も。泣くのを手伝ってあげただけ」"

質問「愛とは?」への20人の子供の答え: とみー (via pinto)

(元記事: gotogoto (yoimachiから))

yuria:

oestranhomundodek:

I swear this is the last one

"

小さい子を、物陰に隠れていていきなり驚かせると、一瞬固まる(悪いことしてますねえ)んですが、これが情報を処理しきれなくなって”すくんだ”状態で、一番基本的な技(?)です。

 脳の構造上、男性よりも女性の方が”固まる”ようにできているため、催眠術や暗示なども女性の方がかかりやすい傾向があります。

 動物では、狸がこうしたパニックを起こしやすく、昔から”狸寝入り”という現象で知られていました。

"

怪しい話-79:金縛り (via ajinotatakinamennna)

(proto-jpから)

(元記事: prismspalette (yuriaから))

"ネットのニュースでパスタに塩を入れても歯ごたえとか変わらんから無駄とか言われてるけどははん!(鼻笑)あれはパスタに塩分を足して置かないとソースが持つ塩分濃度との浸透圧の関係でパスタから水分がどんどん抜けて皿の中がびちゃびちゃ&味が薄くなっちゃうのを防ぐために入れるものなんだよぉ!"

Twitter / juice_nomio (via yuria)

(元記事: gearmann (yuriaから))

yuria:

1368285403503.gif

yuria:

1368285403503.gif

(出典: leoat)

"最近、とてもおいしい和食を食べる機会があった。

その和食は、「すごく手間がかかっている」のではなく、ぱっと見には「あまり手間がかかっていない」ように見える。

しかし、ものすごくおいしいのだ。まず、良い素材が選ばれている。そして、それを処理したり、味付けする「加減」がじつに精妙なのだ。その「加減」の選択、「それでいい」という判断は、きわめて高度なセンスのもとにおこなわれている。

料理に限らず、音楽でも、映画でも、デザインでも、なんでもそうだと思うのだが、いいものというのは「やりすぎ」がない。いいものを作れる人というのは、「何をやるべきか」をわかっている以上に、「何をすべきでないか」をわかっている。

何かをしないという判断は、決して無知なのではなく、「それをすべきでない」という知恵・センスに裏打ちされていることが多い。「それをやると、台無しになる」ことがわかっているのだ。

いいものを作れる人、いわゆる「達人」は、すべきことだけをやり、すべきでないことはしない。その高度なセンスや判断力は、「手を加える」部分という以上に、「手を加えない」部分に発揮されている。"

「手を加えない」という高度な判断 - モジログ (via rurinacci)

(inuから)